妊活

    代理母か養子縁組か…ずっとふたりで生きていくか。決断のとき迫る【太田光代さん】

    公開日:2020.01.15 / 最終更新日:2020.01.18

    代理母か養子縁組か…ずっとふたりで生きていくか。決断のとき迫る【太田光代さん】

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    みずからの不妊治療経験をもとに、妊活メディア『赤ちゃんが欲しい』『あかほし』で妊活女性にエールを送り続けている太田光代さん。芸能プロダクション「タイタン」社長業のかたわら、タレント・コメンテーターとしても活躍中です。光代さんは現在、受精卵を2つ凍結保存しています。

    55歳になりました。いよいよ私にも、決断のときが迫っています。

    55歳の誕生日を迎えました。そんな私にいよいよ迫ってきた決断とは? 

    それは、子どもを育てるか否かの決断です。

    自分で赤ちゃんを産まなくても、子どもを育てる人生をあきらめたくはなかったのです。でも、さすがに年齢の壁はあります。

    いま0歳の子どもを育て始めると、成人を迎えるころに私は75歳。ギリギリのラインです。もちろんそれ以上の年齢で立派に子育てしていらっしゃる方はいますが、私の場合、ということです。

    さて、どうしようか。

    「子育てをする」と決めた場合、私には2つの選択肢があります。ひとつは、凍結している2つの受精卵の「卵ちゃん」と「卵卵ちゃん」を育てることです。卵ちゃんは30代の私の卵子。卵卵ちゃんは40代の卵子。時空を超えて存在している、大事な大事なきょうだいです。

    ドクターによると、55歳の私のおなかに戻しても妊娠する可能性は低いとのこと。大事な2人ですから、冒険はできません。

    となると代理母出産なのですが、国内では認められていません。その場合は海外で、ということになりますが、そこに迷いがあるのです。日本は高い医療水準を誇っている国なのに、法的な問題で海外に頼るってどういうこと? 先進国に住む者として申し訳ない。やるなら日本で認められてから……と思っていたのですが、タイムリミットです。迷います。

    もうひとつの選択肢は、養子縁組です。戸籍上も実の子として迎えられる特別養子縁組がありますが、要件は非常に厳しい。養親の年齢は25歳以上(一方は20歳以上でも可)で上限はありませんが、現実には「親と子の年齢差は45歳くらいまでが望ましい」とされているようです。となると、わが夫婦は最初からはじかれてしまいます。

    実は、40代のときにも特別養子縁組を考えました。でも夫は「そこまでして子どもが欲しいとは思わない」というスタンス。特別養子縁組は夫婦の合意がなければ申し込みできませんし、私もまだ不妊治療中だったので、いったんあきらめました。

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    特別養子縁組のハードルは、制度面だけでなく精神面でも高いと感じます。日本は血縁関係を重視する国なので、「実の子ではないと、周囲に知られたくない」という思いは他国の人より強い傾向があります。だからこその特別養子縁組制度だと思うのですが、特別養子縁組をした場合、親は養子に「真実告知」をしなくてはなりません。つまり、「あなたは私たちの実子ではない」と、子どもが物心ついたらなるべく早めに伝えるべき、とされているのです。

    私は血のつながらない父に愛情豊かに育ててもらいましたから、真実告知に抵抗はありません。でも普通はハードルが高いですよね。一人の子の人生を受け入れるのですから、覚悟が必要なのは当然ですし、要件の厳しさも必要でしょう。ただ、それで養子縁組に二の足を踏む人がいると思うと、やりきれなさを感じます。

    海外のセレブたちは「子どもの幸せのために、自分たちの得た恩恵を分配する」という思いで、実子がいても養子を迎える人が多いですよね。それを社会も当然と思っています。日本ではほとんど聞かれませんが……。

    でも、今後は日本も変わるかもしれません。不妊治療だって、10年くらいまえまでは「知られたくない」でした。「不妊治療で授かった子だって、わが子にどう伝えるの?」と言われた人もいます。でもいまや、不妊治療も当たり前。私たち世代には隔世の感があります。

    養子縁組も同じかもしれない。「血のつながりがあろうとなかろうと、子どもが安心できる家庭で育つことが大事」と、社会が認める時代が来ると思います。5年後くらいに、変わらないかな?

    ということで、まだ私は悩んでいます。代理母か、あるいは養子か。肌の色の違う赤ちゃんを養子に迎えるのもいい。

    最大の難関は夫ですが、ここまでの私の思いを彼はよーく知っているはず。もう頭ごなしに反対することはない……と思うのですが、どうかな? 

    太田光代さん

    1964年生まれ。雑誌のモデルをへてタレントに。90年、爆笑問題太田光さんと結婚。97年から不妊治療を開始し、体外受精にトライするもいったんお休み。2010年ごろから治療を再開。2回の顕微授精をへて、3回目の移植の直前に東日本大震災が起こり、さまざまな事情から移植を断念。現在、凍結受精卵2つを保存している。93年より、芸能プロダクション「タイタン」を設立し代表取締役をつとめる。

    取材・文/神素子 構成/大隅優子(主婦の友社)

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