体験談

    無精子症・不妊治療から特別養子縁組でわが子を抱いた!20代夫婦の歩みを語ります【瀬奈じゅん】

    公開日:2020.03.19 / 最終更新日:2020.07.08

    無精子症・不妊治療から特別養子縁組でわが子を抱いた!20代夫婦の歩みを語ります【瀬奈じゅん】

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    不妊治療や特別養子縁組、さまざまな家族のあり方について、『赤ちゃんが欲しい(あかほし)』読者のみなさんと考えていけたらと、ナビゲーターに元宝塚歌劇団月組トップスターの瀬奈じゅんさん、パートナーの千田真司さんをお迎えし、家族の物語をお届けしていきます。
    今回のゲストはかつて妊活情報誌『赤ちゃんが欲しい』を愛読していた布施ご夫妻です。無精子症の不妊治療を経験され、20 代半ばで実子を持つ夢を絶たれたおふたりが、特別養子縁組で幸せな3人家族になるまでのヒストリーを伺いました。

    瀬奈じゅんさんの不妊治療・特別養子縁組インタビューはこちらから

    布施家の妊活ヒストリー

    夫23歳・妻22歳 中学の先輩・後輩同士で結婚

    夫24歳・妻23歳 夫の無精子症が判明。MD-TESE手術で精子をとり出し、顕微授精にトライし始める

    夫26歳・妻25歳 治療の選択肢がなくなり、不妊治療を終了。実子をあきらめる

    夫28歳・妻26歳 民間団体ベビーライフに登録。特別養子縁組で生後5日の里樹くんを迎える

    夫28歳・妻27歳 試験養育期間を終了し、特別養子縁組成立。晴れて戸籍上も家族になる

    精液検査をしたら、精子が1匹もいなかった

    ふたりが結婚したのはそれぞれ 里和さん(妻)が22歳、茂樹さん(夫)が23歳の時。若いママとパパに憧れて、すぐに子どもがほしいと思っていました。ところが1年ほどして不妊の検査をしたら、夫の精液には精子が1匹も見つからず、無精子症だとわかりました。いわゆる男性不妊です。

    「まさか自分が原因だとは思っていなかったので、頭が真っ白になりましたね。『非閉塞性無精子症』といって、精子がうまく作れない状態でした。その元の原因となったのが、男性のX染色体が1つ多い『クラインフェルター症候群』という病気です。通常、男性の染色体はXY、女性はXXですが、僕の場合、XXYだとわかりました」

    そこで、茂樹さんは精巣の中から精細管という精子を作っている管をとってきて、精子をとり出しMD -TESE(顕微鏡下精巣精子採取術)という手術を受けました。精子は動いてはいなかったのですが、それでも受精は可能だということで、顕微授精に移りました。『赤ちゃんが欲しい』を読んでいたのはこのころ。

    里和さんも採卵をして、顕微授精して、グレードのよい受精卵ができたと言われたときは、ふたりで大喜び。市販の検査薬でも妊娠反応が出たのですが、結局、化学流産してしまいました。その後も何度か顕微授精。3回は移植できたのですが、精子の受精能力が低く、手術でとり出した精子もついになくなってしまいました。

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    「再度、僕がMD -TESEの手術を受けましたが、もう片方の精巣からは精子をとり出すことができませんでした。その後、精子になる前の細胞で顕微授精できる病院が九州にあると聞き、東北から足を運んでみましたが、そこでも治療は無理だと言われて。ほかに選択肢がなくなり、実の子どもを持つ可能性が消えてしまいました」

    妻の里和さんにとっても、それは大きなショックでした。
    「みんなにもまだ若いから大丈夫だよと言われていたのに、25歳で実の子どもをあきらめなければならないと知って、絶望的になりましたね。当時はけんかもよくしました。不妊治療って、お互いにぎくしゃくしてしまいますよね。夫は精子をとり出す手術をしたら終わりだけど、私はその後、毎日注射をしにひとりで病院に通わなければならない。夫は私に対して罪悪感もあったようです」

    実子を持つ望みを絶たれ、離婚も考えました

    病院では次のステップとして精子提供(AID)をすすめられました。精子提供についていろいろ調べてみましたが、精子提供者についての情報を得ることができないため、将来子どもにも父親がわからないことを伝えなければならないと知りました。自分たちには合っていないと感じたというふたり。精子提供のシステムは、見送ることにしました。
    特別養子縁組を提案したのは里和さんのほうでした。
    「当時、私は男性不妊のブログばかり読んでいたのですが、あるかたが男性不妊の治療を終えて、特別養子縁組で双子を迎えたのを知って、養子もいいなと思い始めました。私も幼少期、友だちの親にかわいがってもらったりして、そんなに血のつながりにはこだわっていないことに気づいたんです。それで夫に相談したのですが、最初は聞く耳持たずでしたね」

    実は当時、茂樹さんは離婚を考えていたのです。自分が原因で子どもができない。でも妻はまだ若いし、ほかの人と結婚すれば子どもも産めるだろう。自分さえ身を引けばいいんだと、思い詰めていました。目つきまで変わってしまって、友だちからも「最近、おかしくない?」と、心配されていたそうです。

    それからしばらくして、茂樹さんが仕事で単身赴任することに。
    少し離れてみると冷静になって、茂樹さんの心にも余裕が生まれ始めました。養子のことも前向きに調べようと、気持ちも変わっていったのです。
    不妊治療は里和さんがひとりで頑張らざるを得ない状況でしたが、特別養子縁組に切りかえてからは、茂樹さんが積極的に資料請求や説明会の申し込みなどに奔走。ふたりで協力し合うようになりました。
    里和さんの心の負担もかなり軽くなり、それまでは友だちに会うのもおっくうだったのが、気持ちが明るくなって、外出できるようになったといいます。

    特別養子縁組で生後5日のわが子を迎える

    養子を考え始めてから1年ほどして、ふたりは民間のあっせん団体、ベビーライフに登録しました。
    登録後、数年は待つだろう、30歳になる前にはわが子を迎えられるといいなと思っていたら、研修を終えて、本登録の日に「もうすぐ生まれる子がいますが、お考えになられますか」と言われてビックリ!断る理由もないし、もう心は決まっていたので、その子を迎えることを決意しました。
    6月19日に本登録の面談をして、生まれたのが23日、お迎えが28日というすごい展開です。まだ性別もわからなかったので、慌てて黄色いベビー服を買いに行ったり、お下がりをもらったり。生まれたのは西日本だったので、仕事を休んで飛行機を手配して、生後5日目に産院までお迎えにいきました。

    生後5日目の里樹くん

    「道中は今までつらかったことを思い出して泣いたり、もうすぐ会えるんだという期待もあったりで、もうパニックでした」という妻。初めて赤ちゃんを抱っこした夫は、やっと会えた!という喜びと、これから父親として本当にやっていけるのかな?という不安が入り混じった気持ちだったといいます。かけがえのない「たからもの」である男の子にふたりの名前から一字ずつとって、名づけました。

    生後5日目の里樹くんをお迎えに行った日。初めての家族写真

    彼らは生みの母親にも会うことができました。先方からの希望で、生後1カ月のときに実母が会いにきてくれたそうです。
    「顔が似てるなぁというのが第一印象です。ずっとお会いしたかったので、顔を見て安心しました。私たち夫婦に託してよかったと言ってくれたのが印象に残っています。私はずっと育児日誌をつけているのですが、出産のページだけは書けなくて、白紙のままでした。そのページを実母さんに書いていただいたので、将来、息子に見せたいと思います」

    特別養子縁組では、子どもに出生の真実を伝える必要がありますが、ふたりはすでにその練習を始めています。
    「隠すのは絶対によくないと思うので、うちは何でもオープンです。最近は団体からすすめられた真実告知のための絵本を読んであげていますが、主人公を息子にたとえて、「父ちゃんと母ちゃんはね…」と言い換えたりしています」と茂樹さん。里和さんもお風呂の中で「里樹のお母さんは2人いるんだよ」などと、徐々に語りかけているそうです。

    特別養子縁組の団体からすすめられた真実告知のための絵本2冊

    養親ネットワークが日々の子育ての糧に

    ふたりは昨年、テレビのドキュメンタリー番組「赤ちゃんの絆」に出演。里樹くんを迎える前から密着取材がスタートしました。20代で特別養子縁組をする人はめずらしいので、若い夫婦に勇気を与えてほしいとオファーを受け、承諾したそうです。自分たちも特別養子縁組のブログなどに背中を押され助けてもらったので、今度は悩んでいる人の役に立てればと。

    「放送後はいろんな人から連絡をもらいました。あの番組を見て、特別養子縁組を決めた人もいるそうで、うれしかったです。養親仲間は改めてこの道に進んでよかったと思ったと言ってくれました。インスタでもいろんな養親とつながって、息子の友だちもふえたし、出演してよかったと思います」
    その番組でナレーションを務めたのが私・瀬奈じゅん。放送後、養子の日のイベントで初めて対面しました。以来、わが家に遊びに来てくれたりと交流が続いています。
    「息子同士も仲よくなりました。トップスターのじゅんさんは素敵すぎて、気軽にママ友とは呼べないけれど、特別養子縁組の先輩という感じで、お話ししているとなんだか安心します。と同時に、私たちも頑張らなきゃいけないなと、会うたびに気が引き締まります」(里和さん)。

    里樹くんはもうすぐ1歳半。迎える前は不安でしたが、今まで育ててきて、血のつながりはまったく気にならないとふたりは言います。ふだんは養子であることさえ忘れていると。

    1歳のお誕生日。生まれてきてくれてありがとう

    「先週、里樹が熱性けいれんを起して、病院に行ったのですが、『ご両親は熱性けいれんにかかったことはありますか』と聞かれて、『僕はないです』と言おうとしたら、妻が慌てて『養子です』と言ったので、あーそうだった!と思いだしたくらいで(笑)」と茂樹さん。
    病気のときは不安になることもありますが、あとは本当にふつうの子育てとまったく同じ。養親仲間もたくさんいて、困ったときはみんなに相談できるので、心強いそうです。

    不妊の原因は男性にも。まずは検査を!

    最後に、現在不妊治療中のかたに向けて、布施さん夫妻からメッセージをいただきました。
    「僕はまず、男性不妊というものがあることを知ってほしいですね。自分は大丈夫だと勝手に思い込まずに、ちゃんとふたりで病院に行ってほしいと思います。僕も一時期、病院に行かなくなったことがあるので、自身の反省も込めて。
    不妊治療はどうしても女性の負担が大きいですが、原因はどちらにあるかわからない。男性が検査を受けずに女性だけが治療をして、貴重な時間とお金をムダにすることもあります。男性不妊にもいろんなケースがありますが、治療すれば子どもを授かる場合もあるので、とにかくまずは男性も検査を受けてほしいです」(茂樹さん)

    「『血がつながってなくても愛せますか』と質問されることもありますが、大丈夫、愛せます!私も最初は不安だったけど、育てていくうちに、養子ではなく、わが子になります。養親仲間もみんな『うちの子がいちばんかわいい』って言ってます(笑)。若い人にも私たちを見て、こういう家族の形もいいなと思ってもらえたらうれしいです」(里和さん)

    お話を伺って…

    ご夫妻のお話、深く共感いたします。私の場合、不妊治療を終えようと決めたのは42歳の時。当時の私たち夫婦にとって、その決断はとてもつらいものでした。比べることではありませんが、ご夫妻は20代のうちに若くしてその経験をなさったということ。さぞおつらかったのではないかとお気持ちお察しします。
    ですが、その経験もすべては里樹くんへと続く道の途中だったのですよね。私も初めて息子を抱きしめたとき、自然とそう感じることができました。
    先日、自宅にも遊びに来てくださり、子ども同士が仲よく遊んでいる姿を4人で眺めている時間はとても幸せで穏やかなひと時でした。ぜひまたいっしょに楽しい時間を過ごしましょうね!
    from瀬奈じゅん

    私たち夫婦は数多くいる不妊治療経験者の1組として、そして、その後に特別養子縁組を選んだ多くの方々の一例として自分たちの経験をお話しさせていただいています。この経験や、その中で感じたことなどが決して特別なものではないから共感していただけるし、だれかの背中を押せるのではないかと感じています。茂樹さんもきっと「なぜ自分が」と悩み傷つき、不安に襲われたことと思います。ですが、その経験を語ることで多くの男性不妊の方に勇気を与えてくださっていると思います。20代で特別養子縁組を選択した経験もきっと多くのカップルの道標になっていくのだと思います。本当に素敵なご家族です。里樹くんの成長もいっしょに見守らせていただけたらうれしいですし、今後とも仲よくおつきあいさせてくださいね!
    from千田真司

    ナビゲーター

    瀬奈じゅんさん 元宝塚歌劇団月組トップスター。1992年宝塚歌劇団に入団。『この恋は雲の涯まで』でデビュー。2009年に退団した後は女優として活躍。舞台やテレビ番組、ラジオなど多方面で活動し、12年菊田一夫演劇賞 演劇賞、岩谷時子賞 奨励賞をW受賞。千田真司氏と結婚後は特別養子縁組で子どもを授かったことを公表し、シンポジウムなどで積極的に講演を続け「特別養子縁組制度」について理解を広める活動を行っている。

    千田真司さん 2008年『さらば我が愛、 覇王別姫』にて舞台デビュー。俳優、ダンサーとしてキャリアを積み続ける。現在は振付師としても活動しながら、主催するダンススタジオ「FABULOUS BUDDY BEAT」も運営。結婚後、 特別養子縁組で授かった子どものパパとして育児を楽しむ。14年チャイルドマインダー取得。18年にandfamily株式会社を立ち上げ、特別養子縁組の啓蒙活動を始める。https://andfamily.jp/

    瀬奈じゅんさん、千田真司さんの共著『ちいさな大きなたからもの』方丈社

     

    瀬奈じゅさん夫妻の「たからものに出会うまで」を連載中の『赤ちゃんが欲しい』夏号は5月中旬発売です。

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    取材・文/岩村優子 撮影/黒澤俊宏 構成/大隅優子(主婦の友社)

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