体験談

    現在40歳のわたしが不妊治療をはじめるまで【ただいま進行中!アラフォー妊活記録#1】

    公開日:2021.03.13 / 最終更新日:2021.04.09

    現在40歳のわたしが不妊治療をはじめるまで【ただいま進行中!アラフォー妊活記録#1】

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    アラフォーのリアルな妊活・不妊治療をつづった、あかほしオリジナル連載がスタート!あかほし主婦ライターのミキが40代 不妊治療のリアルを書いていきます。

    仕事に邁進した20代を経て34歳で自分すら驚きの結婚

    中学生の頃から多嚢胞性卵巣症候群と付き合ってきた体でも、もしかしたら妊娠できるかも…という楽天的な考えをもったまま、結婚式、仕事との兼ね合い、金銭面や夫婦同士のタイミング、クリニックとの相性まで…。ありとあらゆる複合的な理由から、40歳で(ようやく!)本格的に不妊治療をスタートさせた私。

    「よし、がんばろ〜」と思っていた矢先、なんと夫にも原因アリの夫婦不妊であることが判明…! 「私だけが頑張ればいい」ではなく 「ふたりでとり組む」治療で健やかな妊娠と出産を目指す、40歳からの本気妊活夫婦のリアルな記録です。

    【#1】コロナ禍でついに迎えた「40歳」!

    あかほしWEBをご覧の皆さん、はじめまして。

    関西在住・40歳、同い年の夫と結婚して7年目を迎えたミキといいます。今は働きながら不妊治療の真っ最中です。

    実は不妊治療に取り組むのは、通算3回目(それについては追々お話できれば)…。

    中学生の頃から多嚢胞性卵巣症候群と付き合ってきたので不妊の原因は私…とばかり思い込んでいたら、なんと2回目の治療時に夫にも不妊の理由があることが発覚しました。

    そんな私たち夫婦でも、新しい命に出会うことはできるのか?

    これを書いている今も、正直 妊娠や出産まで辿り着ける自信はありません。

    それでも私たちがぎこちない二人三脚で治療に取り組む様子を通して、夫婦妊活の“本当のところ”をお伝えできればと思っています。

    関西といえば太陽の塔!?コロナ禍では青になったり赤になったりしていました

    生理不順はしょうがないと思っていた独身時代

    今回は第1回目なので自己紹介をさせてくださいね。

    私が多嚢胞性卵巣症候群であると分かったのは、生理痛がひどく婦人科に相談に行った中学生の頃でした。その時、ドクターに「もしかしたら将来、妊娠するのは大変かもしれない」と言われたけれど、幼かったこともありそんなことはまだまだ他人事。

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    自分が結婚するまでは、“考えなくていいこと”と軽くとらえていました。

    大学卒業後はマスコミ業界へ。
    労働環境&労働時間はかなり過酷で、正しい食生活や睡眠時間の確保は二の次三の次、終業後は同僚や得意先と飲みに行くのもルーティーン…と大変ながらも充実した毎日を過ごしました。

    仕事に邁進する日々の中でも、ひどい生理不順と気が遠のきそうになる生理痛は当たり前。

    2週間以上、ひどい時は1カ月ほどダラダラ出血が続いたり、生理が来たと思ったら3日間で終了して、5日あけてまたすぐ生理が来たり、2カ月以上も生理が来なかったり。

    いつも病院では「子宮が大きいですね〜。経血の量多いでしょう?」と言われていただけあって、本当に大量出血という表現が大正解。常に夜用ナプキンを使用していないと仕事中は気が気でないという状態でした。もちろん生理痛薬は手放せないし、男性の多い職場で婦人科系がしんどいとは言い出せず「体調不良」と上司に伝えて病院に駆け込んだ時は、卵巣捻転直前だったことも…。

    自分の体にも子宮にも、悪いことしかしていないと十分すぎるほどわかっていました。

    毎日大忙しでも、仕事仲間や友達と飲むのが気分転換!

    結婚したことで急激に意識し始めた「妊娠・出産」

    何年もそんな状態で仕事をしていましたが、そんな生活を見つめ直せる出来事も特にありませんでした。

    そう。結婚。結婚の予定が全くなかった!

    30歳を超えてますます仕事は忙しく、もう全力で働こう! とのめり込んでいた時、ふいにお付き合いを始めた同い年&同業者の彼と、34歳で結婚しました。

    突然の結婚に周囲に驚かれましたが、何より自分自身が一番ビックリしていました。

    付き合って丸1年の記念日、よく晴れた冬の日に入籍しました

    ひとりで生きていくと想像していた頃は、すべてが「自分さえよければ◎」。自分の体のことが夫や彼の家族、自分の家族にも関わることだなんて頭からすっぽり抜け落ちていたといいましょうか…。

    結婚をしたことで、妊娠・出産という次の人生目標が自動的に現れたようにも感じていました。

    ところが、結婚を経て「妊娠・出産」が目の前には現れたものの、結局チラついた程度。

    それは私の特殊な環境なのだと思いますが、妊娠・出産に関してはノープレッシャーだったんです。

    というのも私の周囲は晩婚の友人・知人も多く、34歳での結婚も遅くはありませんでした(なんと私の入籍した年に私の周りで怒涛の結婚ブームが到来。結婚した友人たちはみんな30代後半から40代中盤でした)。

    さらに同い年の友人も先輩も、独身だったり、恋人との時間を楽しんでいたり、結婚をしていても子どもなしの生活を選んでいたり、もちろん子どもと家庭を築く人がいたり(もちろん恋愛・結婚だけでなく、仕事に邁進する人、趣味や推し活に没頭する人など、本当にさまざま!)、「子どもは?」と聞いてくる人もいなかったし、子どもがいなくても不思議ではない環境がありました。

    さらに夫の兄弟にはお子さんがいるせいもあったのか、彼のご両親から「孫の顔を…」という言葉をかけられたこともありませんでした。

    それはとても心地よかったけど、今思えば真剣に考えることをしなかった弊害でもあったかもしれません。

    多嚢胞性卵巣症候群だけど「私は意外と大丈夫かも」

    そんな状況にあった私は、「多嚢胞性卵巣症候群でも妊娠することもあるかも」と呑気一辺倒。

    多嚢胞だって程度があるだろうし、私は意外といけるかもしれない。妊娠・出産は望んでいるけれど、雑誌やテレビで見るような不妊治療にとり組むのは億劫だったし、とにかく「怖い」。

    どれだけ痛いのか、どれだけ精神を疲弊するのか、どれだけお金がかかるのか、どれだけ仕事に影響が出るのか、想像もつきませんでした。

    もしかしたら自然に妊娠できるかもしれないのに、その可能性を探らずに悩みたくはない。

    仕事をしながら、一旦夫との新しい生活を楽しもう。それでできなかった時に考えよう。そんな思いでいました。

    ところがやっぱり妊娠することはなく、生理が来るごとにいよいよ「妊活」というワードが頭に浮かぶようになってきました。

    こうして2度の挫折を含む、私たち夫婦の不妊治療がスタートすることになったのです。

    ※この連載は個人の体験です。治療や薬の処方などに関しては必ず医師に相談してください。

    ~つづく~
    第2話「黒歴史すぎた1度目の不妊治療をふりかえり」

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