体験談

    釈由美子さん。排卵誘発剤で37歳妊活スタート。あの持病を乗り越え妊娠するまで

    公開日:2020.01.02 / 最終更新日:2020.01.03

    釈由美子さん。排卵誘発剤で37歳妊活スタート。あの持病を乗り越え妊娠するまで

    スポンサーリンク

    25歳で多嚢胞性卵巣症候群と診断され病気と向き合いながらも、長年に渡り「私ってママになれるの?」とモヤモヤを抱えつづけてきたという釈由美子さん。38歳で長男を出産されるまでの通院ストーリーや現在の思いを伺いました。

    釈由美子さんの 妊活 history

    25歳 生理不順でかかった婦人科で多嚢胞性卵巣症候群と診断
    症状の進行をおさえるためのピルを飲み始める
    34歳 婦人科の再診で多嚢胞性卵巣症候群の悪化が判明
        将来、子どもを授かるのはむずかしいと告げられる
    37歳 ご主人と出会い、プロポーズ後に妊活スタート
        排卵誘発剤を使ったタイミング法にトライ
    10月に入籍。翌1月にブログで妊娠発表
    38歳 6月に第1子となる男の子を出産。念願のママに

    25歳 多嚢胞性卵巣症候群と診断「将来子どもを授かるのはむずかしいかも」

    はじめて婦人科の門をくぐったのは25歳のとき。当時はずっとダイエットをしていたこともあってなかなか生理がこなくなり、妹もお世話になっている女医さんを訪ねました。   
    そこで「多嚢胞性卵巣症候群」と診断されてビックリ。聞いたこともない名前でした。主治医から卵巣を休ませて、症状の進行を止めるためにピルを飲むことをすすめられました。当時は結婚の予定もなく、いつかは子どもが欲しいと思っていましたが、いざ妊娠を考えたときにピルの服用をやめると、排卵しやすくなるということでした。
    それから何年もピルを飲み続けましたが、30歳を超えたころ、あまりにも長い間ピルを飲んでいることに抵抗を感じ、自己判断で服用をやめてしまいました。生理もきちんときているし、自分では治ったつもりでいたのです。


    しかし34歳のとき再検査をしてみると、排卵していないことがわかり、多嚢胞性卵巣症候群も症状が進んでしまっているとのことでした。主治医から「この分だと残念ながら、将来子どもを授かる確率は低いです」と診断され、とてもショックを受けました。
    30代も後半になり、闘病中だった父から「早く孫の顔が見たい」と言われたりして、結婚や出産を現実的に考え始めたころ、友人の紹介で主人に出会いました。年齢的に結婚を前提としないおつきあいは考えられなかったため、すぐにプロポーズされてうれしかったのですが、ひとつ気になっていたのが子どものこと。
    彼やご家族に対して、結婚後に「実は子どもができないかもしれない」と告げるのはルール違反だと思い、私なりの誠意として、多嚢胞性卵巣症候群であること、妊活は時間がかかるであろうことを伝えました。彼は「すぐに子どもができたらラッキーだけど、長い道のりでもかまわないし、もしこの先授からなくても、由美と一緒ならいい」と。その言葉を聞いてこの人と結婚しようと決めました。

    37歳 排卵誘発剤を飲みながら、妊活をスタートしました

    結婚したのは37歳。30代後半ということもあり、結婚を決めた時点から妊活をスタートしました。久しぶりにかかりつけの婦人科へ。多嚢胞卵巣症候群をチェックしてもらったところ、やはり治っていませんでした。主治医と相談し、いきなり高度な不妊治療をするのではなく、まずはできることからやっていこうということになりました。
    そこでまず渡されたのが基礎体温のグラフ。ずっとつけていなかったのですが、日記感覚で毎日グラフを書いているうちに、今日から高温期に入ったなとか、自分の体調の変化がわかるようになりました。

    タイミング法での妊活は生理がくるたびにガッカリ。次は大丈夫!と気持ちをリセット

    さらにクロミッド(排卵誘発剤)を処方され、それを飲みながらタイミング法にトライすることに。生理がくるたびに「あ~、また一からやり直しだ~」と、すごくがっかりしましたが、次はきっと大丈夫!と気持ちをリセットするように心がけました。かかりつけの婦人科の先生からは、もしこの方法で授からなければ、不妊治療の専門医にかかったほうがよいと、クリニックを紹介され、転院も考え始めていました。
    妊活には血行をよくすることが大事だとよくいわれますが、私は当時、山登りにハマっていて、歩くことで体調もすごくよくなりました。 
    あるとき北アルプスの鷲ヶ岳という3000m級の山を3日間かけて登るというハードなロケに行きました。雄大な自然の中にいると、山からすごくパワーをもらえるんです。それからほどなくして妊娠が判明したのも、山のパワーのおかげかもしれません。

    釈由美子オフィシャルインスタグラム(@yumikoshaku)より。山ガールとしても活躍中。雪山ロケも。

    ほかにも、常に腹巻をして温活に励んだり、体をあたためる根菜スープを作ったり、自分なりにできることを心がけました。妊娠しにくい体と言われ、長期戦を覚悟していましたが、治療をしたというのはおこがましいほど早く授かることができて、とても恵まれていたと感じます。

    38歳~私の誕生日に出産した長男は、3歳になりました

    私の38歳の誕生日に長男を出産しました。若いころは結婚すればすぐに子どもができると思っていましたが、そんなに甘くなかったですね。妊娠中もひどいつわりと切迫早産に苦しみ、当時「コウノドリ」のドラマがオンエア中で、毎回号泣。妊娠するのも、無事に出産するのも、奇跡なんだと改めて思います。
    今、息子は3歳になりました。彼はまだ生まれる前のことを覚えていて、「お空の雲の上からママを見ていて、ポトンとママのおなかに入ったんだ。神様じゃなくて、ぼくがママを選んだんだよ」などと、不思議な話をしてくれます。私はこの言葉を信じていて、来るべきタイミングで、子どもがやってきてくれるような気がしています。ママがストレスをためていると、子どもが下りて来づらいとも聞きます。妊活中のかたはきっと悩みや不安をたくさん抱えておられると思います。でも、やるべきことはちゃんとして、あとはゆったりとした気持ちで待っていてほしいなと思っています。

    多嚢胞性卵巣症候群でもあきらめないで。適切な治療すれば、授かるチャンスはきっとある!

    私は生理不順ではじめて婦人科にかかったのは25歳。少し勇気がいるけれど、妊娠を考えているかたは、まずは婦人科でチェックされることをおすすめします。
    私も最初に「多嚢胞性卵巣症候群」と診断されたときは、むずかしい漢字で読み方さえわからず、重い病気なのかと心配しました。でもこれは生まれつきの体質のようなもので、普通の人より少し授かりにくいだけ。成熟卵をきちんと育てれば、妊娠する確率は低くないそうです。

    信頼できるドクターのもとで適切な治療を受ければ、授かるチャンスはきっとある! みなさんがかわいいベビーに出会われることを心からお祈りしています。

    釈由美子さんプロフィール

    Yumiko Shaku
    1978年、東京都出身。デビュー後、映画『修羅雪姫』、『ゴジラ×メガゴジラ』などで主演を務めるなど、女優、タレントとして活躍。古武道(十二騎神道流)、温泉ソムリエの資格も持ち、登山愛好家としても知られる。『釈ビューティ』など著書多数。2015年に実業家と結婚、2016年に長男を出産。オフィシャルブログ「本日も余裕しゃくしゃく」も人気。

    スポンサーリンク

    釈由美子さんインタビュー掲載の

    赤ちゃが欲しいクリニックガイド2020』好評発売中!

    クチバシが取れると妊娠するジンクスの「こうのとりハローキティストラップ」つき。
    赤ちゃんを授かるための病院選びや通院スケジュールなど、
    体験談をたっぷり交えながら、不妊治療のキホンをご紹介していきます。

    大特集は「運命のクリニックに出合って妊娠!妊活卒業生リアル白書公開!」。 

    「男性不妊のすべて」「不妊治療施設ガイド」「体外受精に密着」など、
    不妊治療のための情報が満載です。

    取材・文/岩村優子 構成/大隅優子(主婦の友社)

     

    スポンサーリンク

    あかほしLINE