体外受精・顕微授精で悩んでいる方のために/不妊の根本原因と自分達でできる不妊対策<年齢について>
執筆者:ウィメンズクリニック院長 神野正雄 先生
私は体外受精・顕微授精が大好きです。1983年に体外受精を開始して以来40年間、その素晴らしい有効性と科学的な特性に絶えず魅了され、臨床と研究に邁進して参りました。好きこそ物の上手なれで、今では不妊治療がとても上手になりました。私が人生を捧げて頑張ってきた生殖補助医療(ART:体外受精・顕微授精などの総称)は、本来は、極めて有効な治療法です。
ところが全世界のART成績の報告を見てみると、何と日本は、年間採卵術数は世界75か国中第一位(231,030件/年)でありながら、採卵術あたりの累積出産率は第68位(日本:20.0%、第1位の国:51.8%)と、驚愕の状況です※1。
日本は技術大国と信じていた私は、大変ショックを受けました。同時に、この統計から、日本の多くの患者さんがARTで挫折し悩んでいると考えました。
そこで本稿では、主として“体外受精・顕微授精で悩んでいる方のために”、さらには、より多くの“不妊で悩んでいる方のために”、大切な不妊克服の極意を解説したいと思います(表1)。ARTの有効性をフルに引き出すためには、ARTを行う側のみならず患者さん側にも多くの重要なポイントがあるからです。7項目にわけて解説していきます。
【第1章】不妊の根本原因と自分達でできる不妊対策
(1)年齢について
女性の妊孕性は、20歳代前半にピークとなり、30歳より低下し、35歳以後著しく低下し、44歳でほぼ0に近づき※2) 3)、平均51歳で閉経します。ARTの妊娠率も全く同様に低下し(図1 ) ※4-6、妊娠率低下が急加速する転換点は37歳と示されています※5) 6)。
2021年 ART データブック(公益社団法人 日本産科婦人科学会)より
こうした女性の妊孕性低下パターンは、400年前から今日に至るまで全く変わっておらず、さらに人種による違いもありません※2。
卵巣の卵子は、胎児のときに全て作られ、出産前までに全ての卵子が減数分裂第一期で眠った状態となります。出産後に卵子が作られることはほぼありません。
出産後は日々、連続的に、多くの卵子が目覚めて発育を再開し、数か月の発育中に競い合い、排卵に至るか死ぬかの運命をたどります。こうして加齢とともにどんどん卵子は失われ、約1,000個残して目覚めなくなり閉経となります。
女性の加齢による妊娠率低下の主原因は、卵子数の減少と、卵子そのものの老化による質的劣化です※7。さらに卵巣の卵子を育てる能力※7、子宮の着床・妊娠維持の能力※8 などの老化も原因に加わりますが、子宮の老化の影響は卵子よりはるかに小さいです※9。
現在の臨床では、再生医療で卵子を作れませんので、加齢による妊孕性低下を抜本的には治すことはできません。したがって、あたりまえなことですが、子作り(不妊治療も)はできるだけ若いときにするのが肝要です。少なくとも妊娠率が急激に低下しだす前までに完了しないと、厳しい状況に陥る可能性が増えます。
とはいえ卵子数やその減少率には大きな個人差があるため、妊娠率が急激に低下しだす転換点(平均37歳)、ほぼ0となる年齢(平均44歳)、 および閉経年齢(平均51歳)には、すべて約プラスマイナス5歳の個人差があります。約10%の女性は、32歳までに急激に妊娠率が低下しだし、39歳までに妊娠しなくなり、45歳までに閉経すると推定されています※10。
言い換えると、32歳までに妊娠するのをめざせば、90%の女性は安全ですが、依然として10%の女性は後手を引く可能性があるということです。このように年齢だけでは個人差があるため、皆に安全な子作り計画はできません。
さらには、今の日本で当たり前の“仕事が安定した30代半ばで結婚し、1~2年してから子どもを作ろう”という考えが、いかに自然の摂理に反いた無謀なものかわかるでしょう。
卵巣予備力低下(卵巣に残っている卵子が減少した状態)を示す検査結果として、
血清抗ミュラー氏管ホルモン(AMH)値< 2ng/ml
生理2~4日目の血清FSH値> 10mIU/ml
生理2~4日目の血清estradiol値> 70pg/ml
経腟超音波検査で卵巣の大きさが小さい
基礎体温の低温相短縮(生理開始から約9日以内に排卵してしまう)
があります。
これらの異常がでたときは、年齢によらず、直ちにARTに習熟した生殖医療専門医に相談しましょう。また年齢34歳を超えたなら、検査によらず、ARTに熟知した生殖医療専門医に相談すべきです。
38歳~42歳のARTは、2021年に日本全体で行われたARTの38%を占めています※4。この38歳~42歳に対するARTは、決定的に運命を変えてしまう重要なものです。
ARTが不成功のたび、次の妊娠率は加速度的に低下するため、ますます不成功を繰り返し、結局、挙児を諦めることになります。最高のARTで、一回で成功させないと、本来は子どもを持てる運命だった人でも、持てない運命に変わってしまうのです。
最高のARTとは、【1】患者さんを健康としてより良い卵子・精子を作れるようにし、【2】そのうえで各個人に応じた最適な卵巣刺激で最良の卵子に育て、【3】それを完璧で丁寧な採卵・IVF/ICSI・胚培養・胚移植を行うことです。その詳細は全章を読み終えたとき理解できると思います。
38歳~42歳でARTを反復失敗すると、多くの医師も患者さんも、卵子が老化してしまっているからもうダメだろうと考えます。しかし当院でこの年齢層に対するrandomized controlled trialを行い、抗糖化ヒシエキス投与によるART出生率改善を検討したところ(次の章で詳述します)、出生率が対照群の16%に対しヒシエキス投与群で47%と、約3倍増加しました※11。
約2.5か月のヒシエキス投与でAGE(老化物質)を低下しただけで生児が3倍も生まれるようになったことから、この年齢層の約半数の人は、卵巣の卵子を育てる機能のみが老化しており、卵子そのものの老化はまだ起きていないと分かりました。つまりこの年齢層は、まだ、生活習慣改善やヒシエキス投与などの抗老化療法で、その半数を救うことができるということです。
44歳~46歳は、能力の残っている人のみが、完璧なARTを受けたとき、やっと出産に至ります。多くは4回以内の成功が多く、6回失敗したときは能力が残っていない可能性が高くなります。
47歳以上は、今の技術レベルでは残念ながら類い稀な妊娠能力を保っている人のみが出産に至ります。
しかしながら年齢や卵巣予備力低下で完全に妊娠不可能と簡単に断定することはできません。正常卵子がたった一つあれば妊娠の可能性があるからです。ギネス記録では59歳の自然妊娠出産があり、早発閉経の5%にその後の生涯で排卵が起き妊娠することがあります。
したがってどんなに可能性が低くても、患者さんが十分納得のうえでどうしてもARTを希望するならば、最後まで一生懸命頑張って良いと考えます。もちろん他の選択肢、つまり卵供与、養子縁組、治療を終了することも十分夫婦で相談すべきです。
15年ぐらい前までは、私は卵供与の反対派でした。本人たちの子どもを作るべく、人生を捧げてARTに邁進してきた自分にとって、他人の若い卵子をもらって子どもを作るなど不妊治療と思えなかったからでした。
しかし長年頑張った末ついにダメで、どうしても子どもが欲しいから卵供与を受けたいと願う患者さんたちに止めろとは言えませんでした。外国での卵供与による治療のお手伝いを10人以上し、その全員が妊娠しました。
出産して1年後に患者さんたちがお子さんを見せにきてくれますと、全てのお母さんたちの顔は、不妊のときとは比べようもないほど輝いて若返っていました。そのとき理解しました。子どもが欲しいと言うひとが、本当に欲しいのは、遺伝子の繋がりよりも、子どもとの幸せな生活なんだと。
女性は妊娠・出産を経験するので遺伝的つながりがなくても十分に愛情を感じます。男性にとっては本当の自分の子です。そして不妊のカップルは仲良しの場合が多いです(相性が悪ければ、とうの昔に離婚してますから)。
ですから、子どもとの生活が始まると、幸せな人生が動き出すのです。だから顔が輝いているのだと。人生が救われるなら、卵供与も悪くないかもと考えが変わりました。もちろんいろいろ問題もあり得ますので、積極的に勧めはしませんが、頭ごなしに否定しないで一度は夫婦でよく考えてみることを勧めています。
本稿の最重要ポイントは、「子作りは(ARTも)可能な限り若いときにすべし」です。
【参考文献】
1. Chambers G, Dyer S, Zegers-Hochschild F, de Mouzon J, Ishihara O, Banker M, Mansour R+, Kupka, M, Adamson G.D. International Committee for Monitoring Assisted Reproductive Technology: World Report on Assisted Reproductive Technology, 2014. Human Reproduction, Vol.00, No.0, pp. 1–12, 2021, doi:10.1093/humrep/deab198
2. Menken J, Trussell J, Jarsen U. Age and infertility. Science. 1986;233:1389-94.
3. CECOS Federation, Schwartz D, Mayaux MJ. Female fecundity as a function of age: results of artificial insemination in 2193 nulliparous women with azoospermic husbands. N Engl J Med. 1982;306:404-6.
4. 2021年ARTデータブック.
https://www.jsog.or.jp/activity/art/2021_JSOG-ART.pptx
5. FIVNAT, Piette C, de Mouzon J, Bachelot A, Spira A. In-vitro fertilization: influence of women’s age on pregnancy rates. Hum Reprod. 1990;5:56-9.
6. FIVNAT. French national IVF registry: analysis of 1986 to 1990 data. Fertil Steril. 1993;59:587-95.
7. Gosden RG. Maternal age: a major factor affecting the prospects and outcome of pregnancy. Ann NY Acad Sci. 1985;442:45-57.
8. Meldrum DR. Female reproductive aging: ovarian and uterine factors. Fertil Steril. 1993;59:1-5.
9. Navot D, Bergh PA, Williams MA, Garrisi GJ, Guzman I, Sandler B, Grunfeld L. Poor oocyte quality rather than implantation failure as a cause of age-related decline in female fertility. Lancet. 1991;337;1375-77.
10. Nikolaou D, Templeton A. Early ovarian ageing: a hypothesis. Detection and clinical relevance. Hum Reprod. 2003;18:1137-9.
11. Jinno M, Nagai R, Takeuchi M, Watanabe A, Teruya K, Sugawa H, Hatakeyama N, Jinno Y. Trapa bispinosa Roxb. extract lowers advanced glycation end-products and increases live births in older patients with assisted reproductive technology: a randomized controlled trial. Reprod Biol Endocrinol. 2021;19:149. https://doi.org/10.1186/s12958-021-00832-y.
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ウィメンズクリニック神野 院長。1980年 慶應義塾大学医学部卒業、同産婦人科入局。1983年 慶應義塾大学大学院入学、体外受精を開始。同年、京都大学農学部に国内留学、体外受精の基礎を学ぶ。1984~86年 荻窪病院産婦人科に出向、体外受精に従事。1985年 日本最初の体外受精による双胎妊娠に成功。1986~88年 米国Eastern Virginia Medical Schoolに留学、卵成熟の研究。1988~91年 慶應義塾大学病院で体外受精に従事。1989年 慶應義塾大学大学院卒業、同産婦人科助手。1990年 Charles Thibault Honorary Lectureship賞を受賞 (卵体外成熟)1991〜2004年 杏林大学医学部産婦人科で講師そして准教授として体外受精・顕微授精。1993年 顕微授精を開始、妊娠に成功。1997年 無精子症に精巣精子採取術 (TESE) を開始、妊娠に成功。1998年 世界体外受精会議記念賞を受賞(子宮内膜組織血流量による子宮着床能評価)。2002年 ウィメンズクリニック神野を開院。2011年 世界体外受精会議記念賞を再び受賞(終末糖化産物低下による新しい卵巣機能治療戦略)。2018年 ウィメンズクリニック神野 生殖医療センターを新設、現在に至る。2022年 世界体外受精会議記念賞を3回目受賞(顕微授精の細胞内液様培養液開発とそれによる胚発育能促進)
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