【不妊治療】移住カップルにも全額助成!茨城県常陸大宮市が発表
不妊治療に保険が適用されるようになって、1年以上が過ぎました。経済的負担は確かに減少した反面、それでも治療が進むと費用がかさみ、「こんなにかかるなんて思っていなかった」とため息をついているかたも少なくないのでは。自治体が不妊治療に対して、独自の助成を行っているケースはありますが、自己負担分を全額助成している自治体があると聞き、実施の意図や現状について伺ってきました。
全国でも先駆的な自己負担分の全額助成を2年前から開始
令和4年4月から、高度治療と言われる体外受精や顕微授精(男性不妊を含む)など、多くの治療が保険適用となりました。保険で受けられる治療であれば、患者さんが窓口で支払う金額は原則3割で、これまで費用の点で治療をためらっていたカップルの受診へのハードルは低くなりました。
しかし、負担が軽くなったとはいえ、それなりに費用はかかり、体外受精では、ふつうでも10万円を超える自己負担分があります。タイムラプス培養器や子宮内膜の各種検査など、保険診療と併用できる先進医療はすべて自費で、病院にもよりますが、決して安くはない価格設定。そもそも保険適用には、年齢制限や移植回数の上限が設けられていて、それをはずれると、保険での治療は受けられず、全額が自己負担となってしまいます。
全国の自治体の中には、独自の助成を行っているところもあります。たとえば東京都では、令和5年度から、「東京都特定不妊治療費(先進医療)助成事業」が始まりました。これは保険診療と合わせて実施した先進医療が対象で、ただし助成される金額は、かかった費用の7割までで、1回の治療あたり15万円が上限です。
まだまだ、経済的負担が軽いとはとても言えない現状で、不妊治療の自己負担分を全額助成するという、なんとも太っ腹な自治体があります。それが茨城県常陸大宮市です。
常陸大宮市は茨城県の北西部に位置し、西は栃木県と隣接しています。市役所のある市の中心部までは、水戸駅から車で約30分。久慈川と那珂川という一級河川が流れ、市の面積の約6割が山林という、緑豊かでのどかな土地柄です。
少子高齢化、人口減少は、日本全国、地域の生活や経済に大きな影響を与えていて、常陸大宮市も例外ではありません。そこで市が妊娠・出産への支援のひとつとして力を入れているのが、不妊治療にかかる自己負担部分の全額助成制度です。
市の助成制度の対象となる治療は、体外受精や顕微授精(男性不妊治療を含む)。対象者は、婚姻している(事実婚を含む)夫婦双方が、市内に住所を有し、居住している人で、治療期間の初回における妻の年齢が43歳未満であること。所得制限や回数制限はありません。
たとえば、30代で、6回胚移植を受け、残念ながら赤ちゃんを授かれなかった場合、それ以降の治療には保険は適用されず、すべての支払いが自費になりますが、常陸大宮市では、その自己負担分が全額助成されるのです。
なお、市では、保険適用外の不育症検査についても、2回以上の流産、死産の既往がある場合に、15万円を上限に費用を助成しています。
現職市長の不妊治療体験が助成の実施に結びついた
茨城県内で唯一、全国でもめずらしいこの助成事業を市が導入した背景には、鈴木定幸市長ご自身が不妊治療の体験者だということがあります。
「私自身は、顕微授精(体外受精)をすれば、子供はできるものだと思い込んでいたので、当初、妻にはそんなにあせらなくても…と話していたんです。しかし本格的な治療をしないとまずいかなというタイミングになり、通院を始めました。
そのことは公表しているので、よく「不妊治療はたいへんでしたか?」と聞かれます。女性は採卵などもあって、やはり圧倒的に負担が大きいですね。3年ほどかかって、妻が36歳のときに、現在小学6年生の息子を授かりました。病院に行くと、同じようなご夫婦がたくさんいらしていました」
「わが家の場合、所得制限に該当したので助成は受けられず、かなりの金額を治療につぎ込むことになりました。何回治療すれば子供を授かるかは、神さまにしかわかりません。際限なく治療費が使えればいいですが、そうでない家庭が大半なので、多少の助成があったとしても、経済的にはもちろん、精神的にも、追い詰められることは少なくないのです」
「そんなふうに、真剣に子供がほしいと願っているご夫婦なら、生まれた子供を愛情をもって育てるだろうと実感できたので、そうであれば、行政がその部分を100%支援すれば、もっと子供をもつことにチャレンジする機会がふえ、また、チャレンジしようとする人も出てくるかな、という思いがありました」
「市民のみなさんからお預かりしたたいせつな税金を使うからには、結果がきちんと出ることが大事です。不妊治療は、もちろんご夫婦の状況によりますが、どのくらいどういうふうに治療をすれば結果に結びつくかということが、医学的に数字であきらかになっています。
ですから、体外受精や顕微授精に対して直接的に支援をすれば、結果にコミットできると考えたのが実施のきっかけです。データでは、女性が35歳を超えると、成功の確率が下がってきます。40歳を超えるとかなり低い確率でしか妊娠できない。なので、助成は43歳未満という年齢制限を設けています」
この制度の利用のために移住した11組のうち、8組が妊娠!
常陸大宮市が全額助成をスタートしたのは、国の保険適用前の令和3年度から。助成自体は平成24年度から始め、最初は上限5万円から、徐々に額をアップしていきました。
全額助成となったときに、新聞などのメディアでとりあげられたため、もともと市内に居住していて、なかなか子供に恵まれなかったかたはもちろん、市外からも多くの問い合わせがあったそう。
「市では、保険適用になる回数を超えたときの治療も全額助成ですし、10割負担の先進医療も助成します。『保険診療では結果が出なかったので、一度は治療を断念しようと思ったけれど、助成を受けられるなら、もう少しチャレンジしたい』というご夫婦からお問い合わせをいただいたり、2人目で制度を利用されているご家庭もあります」(保健福祉部 健康推進課長 海老根恵子さん)
健康推進課長の海老根恵子さん(右)と課長補佐の圷眞由美さん(左)
実際に令和3年度から現在までに、この制度利用を目的に、市に移住してきたカップルは11組。
茨城県内からの転入がほとんどですが、隣接市だけでなく、水戸市や筑西市など、やや遠い自治体からの転入もあり、2組は県外からの転入です。年齢構成としては30代が多く、40代が約2割。そしてこれまでに、そのうちのなんと8組が妊娠に成功されたというのですから、驚きの高確率といえます。40代で子宝に恵まれた例もあるそうです。
助成金申請を通して、行政と市民との間に密な関係ができあがる
不妊治療の助成による成果は上がっていると言えますが、子供が無事生まれたら、目的は達せられたとばかり、市から転出してしまうカップルもいるのではないでしょうか?
しかし、お聞きすると、みなさん産後も引き続き在住されているそう。そこには、助成事業を担当する健康推進課スタッフの、こまやかな対応が大いに関わっているようです。
「不妊治療はつらいことも多く、なかには『自分が悪いから妊娠できない』と思い込んで、夫や友人、親にも相談できず、そのつらさを抱え込んでしまう女性もいらっしゃいます。
そんな場合は県の相談センターをご案内することもありますし、『私でよければ、なんでも伺います』と声をかけると、涙を流して悩みを語られることも。
不妊治療の助成金担当の江幡朱鳥江さん
「いい結果ばかりでなく、『残念ですが、またお世話になります』とおっしゃるシーンもありますが、『大丈夫ですよ、いつでも遠慮なくいらしてください』とお伝えします。
手続きに来られるみなさんは、よく勉強されていますが、そうはいっても治療の仕組みはむずかしいですし、保険制度は変更も多く、いろいろな書類を準備して、申請するのはなかなかたいへんです。
申請をただ事務的に受け付けるのではなく、じっくりご本人の話を聞いて、いろいろな思いを吐き出していただけるように心がけています」(保健福祉部 健康推進課 江幡朱鳥江さん)
常陸大宮市内には出産できる施設がないため、車で30分から1時間のひたちなか市または、水戸市の産院に通ったり、里帰り出産することになりますが、常陸大宮市健康推進課では、必要があれば、先方の自治体に連絡をとるなど、安心して出産できる環境づくりにも尽力しています。
こうした密な関係ができあがるため、利用者からは「妊娠できました!」「無事に出産しました!」という感謝の電話や、赤ちゃんを連れて報告に来てくれることも、よくあるそうです。妊娠したら終わり、ではなく、その後に続く出産、そして子育てまでを、一貫してあたたかくサポートする、こうした現場の努力ならではと言えるかもしれません。
新米パパママの不安や悩みに関する支援も
常陸大宮市では、不妊治療の助成以外の子育て支援にも力を入れています。
まず、出産後はすべての家庭に保健師・助産師が訪問し、赤ちゃんの体調のチェックや新米パパママの不安や悩みに関する支援を行います。出産祝い金3万円に加え、出産応援給付金、子育て応援給付金が各5万円支給され、条件付きですが新婚家庭への家賃の一部助成もあります。
とはいえ、経済的な支援さえあれば、少子化が解消される方向に向かうという、そんな単純な問題ではありません。
「少子化対策というのは、とてもむずかしい。短期間でできることではないと思います。100万円さしあげるから子供をもちましょう、と言われても、『じゃあ、つくろう』とはなかなか、ならないですよね。子供がほしいと夫婦が思うところが原点で、ここ何十年の日本では、子供を産み育てる価値の教育がすっぽり抜けてしまっているんです。
私はそこがいちばん問題だと思っていて、ささやかな試みではありますが、市内の乳幼児をおもちのご両親に協力していただいて、高校生に赤ちゃんを抱っこしてもらうという企画を立ち上げようとしているところです。赤ちゃんってこんなにかわいいんだ、と高校生たちが実感すれば、子育てをする未来がイメージしやすく、子供をもつという選択肢を検討しやすくなるでしょう」(鈴木市長)
常陸大宮市では以前にも同様の「赤ちゃんふれあい体験」の企画を実施したことがありました。そのときは対象が中学生だったので、ちょっとまだ年齢的に早かったという反省があり、今回は市内の2校の高校での実施を検討しているとのこと。
ほかにも「いま子育てでいちばんお金がかかるのは教育です。公教育できちんと学力がつけられたり、さまざまな体験ができたりするように、学校施設の充実や独自の奨学金など、この部分にも市はかなりお金を使っています」(鈴木市長)
こうした取り組みが功を奏したのか、「2023年版 住みたい田舎ベストランキング」(『田舎暮らしの本』)で、常陸大宮市は全国子育て世代部門で30位、総合部門38位にランクイン。北関東エリアでは、シニア世代部門で第1位という結果に。圏外からの突然のランクアップだそう。
取材の最後に、鈴木市長からあかほしWEB読者へのメッセージを伺いました。
「人生には、経験しないとわからないことがあります。子育てといいますが、実際には親育ちであって、子供を育てる過程で親が成長していくと私は感じました。子育てという経験を望むかたにはぜひ、その機会を得るサポートをしたいと考えます。不妊治療はたいへんですが、ご夫婦で心を合わせて乗り越えてください。子どもを望まれるみなさんが赤ちゃんを抱っこする日がくることを願っています」
●常陸大宮市市長プロフィール
常陸大宮市市長 鈴木定幸さん
1967年生まれ。常陸大宮市出身。茨城県議会議員を経て、令和2年4月市長に就任。人口減少・少子化対策を最重要課題と捉え、「若者・女性が住みやすく、子育てしやすいまちの実現」、「学力にコミットする教育の推進」、「観光を軸とした地域振興」の三つを政策の柱に掲げ、とり組んでいる。市長の個人的なお気に入りスポットは、「三太の湯」「ささの湯」「四季彩館」と市内に3か所ある温浴施設だとか。
鈴木市長、保健福祉部のみなさんと主婦の友社メンバー
常陸大宮市の助成の詳しくは市の公式ホームページ「不妊治療費・不育症検査費の助成」をごらんください。
撮影/佐山裕子(主婦の友社) 取材/山岡京子
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