月経血を再利用!? 不妊治療の最前線〜月経血由来幹細胞治療とは〜
メジャーリーガーの大谷翔平選手が受けたことでも知られる「再生医療」。不妊治療においても活用できると期待が高まっています。不妊領域における再生医療に精通し、数多くの治療・研究・発表をされている神宮外苑ウーマンライフクリニック 小川誠司 先生に執筆いただきました。
監修・執筆
神宮外苑Woman Life Clinic
小川誠司 先生
<テーマ>
不妊治療に対する自家経血由来幹細胞の卵巣注入の具体的な治療法、効果や活用方法のほか、海外での実績、今回の日本初の治療開始について
不妊治療に対する自家経血由来幹細胞の卵巣注入の具体的な治療法、効果や活用方法のほか、海外での実績、今回の日本初の治療開始について
現在、非常にたくさんの方が不妊治療を受けられており、年間 6万9797人*のお子さんが体外受精による治療で産まれています。体外受精の治療成績は年々向上していますが、加齢による「卵子の質」の低下が原因となり、いまだに治療に難渋している方は少なくありません。
近年、多くの分野で着目されているのが、「再生医療」です。
不妊治療にも導入されており、再生医療の一種である多血小板血漿(PRP)はすでに臨床応用され、内膜が厚くならない方や反復移植不成功の方に大きな成果をあげています。さらに卵巣機能が低下した方にも徐々に応用されてきています。
多血小板血漿(PRP)とは…患者自身の血液から血小板成分を抽出し、組織の修復・再生が必要な部位(疾患のある部位など)に投与します。血小板には修復に必要な様々な物質が含まれており、自身の体がもつ治癒力をサポートする治療です。自分の血液を使用するため、副作用などの負担が少ないのも大きなメリットです。
PRPの次なる治療として、“幹細胞治療”
PRPの子宮内投与は一定以上の効果が得られていますが、子宮手術後の癒着により内膜が厚くならない方にはその効果は十分ではなく、また卵巣機能が低下している方に対するPRPの卵巣内投与の効果についても、まだ一定の見解は得られていません。
そこで着目されているのが、「幹細胞治療」です。皆さんが一度は耳にされたことのあるiPS細胞も幹細胞の一種ですが、もともとヒトの体の骨髄や脂肪の中には、iPS細胞と同じように、いろいろな体の細胞に分化できる幹細胞(体性幹細胞)が存在しています。幹細胞には組織を修復する作用があり、傷ついた子宮内膜や、卵巣機能を回復させる可能性があるのです。
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「月経血由来幹細胞」治療とは?
通常捨ててしまっている月経血の中にも実は幹細胞が存在します。私たちはこの月経血から抽出した幹細胞を用いて不妊治療に応用しています。
幹細胞は体の中のいろいろなところから採取できますが、月経血幹細胞は痛みを伴うことなく非侵襲的に採取することできます。
まず月経が来たら、月経血カップに月経血を採取していただきます。採取した月経血から幹細胞だけを抽出し、約6週間培養します(培養期間は細胞の増殖具合により異なります)。ここで得られた幹細胞を両側の卵巣内や子宮内に注入します。
卵巣への注入は、体外受精の採卵と同じように、局所麻酔下に超音波検査を行いながら、腟から卵巣へ針を刺して注入します。一方、子宮内への注入は、移植と同じようにチューブを用いて行い、ほとんど痛みはありません。
体外受精を経験されたことのある方であれば、採卵や移植と同じような感覚で幹細胞治療を実施することが可能です。また、実施した次の月経周期から、通常通りの採卵や移植周期に入ることができます。
「月経血由来幹細胞」治療に期待される効果とは?
“幹細胞”の卵巣・子宮への投与は、私たちが国内で初めて行っています。ただ、海外ではすでに幹細胞を用いた不妊治療が行われ、様々な報告がなされています。
幹細胞の卵巣投与に関しては、卵巣機能不全(早発閉経)の9例の方に幹細胞を投与すると、約半数の4例の方の月経が再開し、ホルモン値が改善したとする報告や、卵巣機能が低下した15例の方に月経血由来幹細胞を投与し、うち4例の方が投与3ヶ月後自然妊娠し、妊娠しなかった方も体外受精を行うと、受精率が上昇し、良好胚の数が増加したなどの幹細胞治療の有効性を示す報告があります。
一方、幹細胞の子宮内投与に関してもすでに複数の報告があり、重度の子宮手術後癒着のある7例の方に、月経血由来幹細胞を投与すると、全ての方で内膜厚が増加したとする報告や、重度の子宮手術後癒着のある12例の方のうち、約半数の5例で妊娠が得られたとする報告があります。
また最近ではマウスを用いた動物実験で、不妊症患者から得られた月経血由来幹細胞を用いても、健常者の幹細胞と同等の内膜改善効果があることが国内から報告されました。したがって、内膜が厚くならず悩んでいる方でも、ご自身の月経血を用いて治療することが可能なのです。
また月経血由来の幹細胞は他の幹細胞と比べて生着率が良く、腫瘍ができたなどの有害事象も今のところ報告されていません。
「月経血由来幹細胞」治療を考えてほしいのは?
月経血由来幹細胞の卵巣内投与は、体外受精のために排卵誘発を行なってもなかなか卵子が育たない方、卵子が取れても受精しない、受精しても発育しない方、良好な胚にならない方、PRPの卵巣投与を行なっても効果が得られなかったといった方に、次の選択肢として考えていただきたい治療です。また子宮内投与は、子宮手術後の癒着で内膜が十分に厚くならない方にぜひおすすめしたい治療です。
不妊治療の“新たな光”となる幹細胞治療〜補助医療から根本的治療へ〜
現在の体外受精による不妊治療は、生殖“補助”医療(ART)という言葉が示す通り、不妊症を“根本から治す”治療ではなく、足りない部分を“補う”治療に過ぎません。しかし、卵子や精子の質の低下が大きな障壁となっている現代の不妊治療において、根本的な質を改善させられる治療が今まさに求められています。
不妊治療における幹細胞治療はまだ始まったばかりですが、私たちが行った月経血由来幹細胞治療で、「これまで全く卵子が育たなかった方が、採卵できるようになった」という嬉しい報告をいただきました。幹細胞治療は、現在治療に難渋されている多くの方々にとって、根本的治療となる“質を改善する”ための新しい光になると期待しています。
*2021年体外受精・胚移植等の臨床実施成績/日本産科婦人科学会 より
神宮外苑Woman Life Clinic 再生医療(不妊)実施責任者。藤田医科大学羽田クリニック講師。
生殖医療の専門家であり、同領域の再生医療にも精通。産婦人科領域・生殖医療領域でも数多くの治療・研究・発表をしている。
【所属学会】
日本産科婦人科学会 指導医・専門医
日本女性医学会専門医
日本生殖医学会 生殖医療専門医
月経血幹細胞臨床研究会 学術理事
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