卵子凍結の現状を第一人者が解説!だれでもできる?方法・リスクまで全部【不妊治療専門医監修】
妊娠や出産には適齢期があり、30代の半ばを過ぎると、妊娠の可能性は年齢とともに減少していきます。なぜなら卵子は老化するからです。いずれは子どもをもちたいと思っている女性たちに注目されているのが、自分の若いときの卵子を凍結して保存しておく「卵子凍結」です。
今回は日本における卵子凍結の第一人者であるメディカルパーク横浜院長の菊地 盤先生に、その現状や具体的な方法、リスクやかかる費用などについて、徹底的に語っていただきました。
卵子凍結とは?
卵子凍結は、もともとは抗がん剤や放射線治療によって、卵巣や子宮の機能を失ってしまうかもしれないがん患者さんに対して、将来の妊娠の可能性を残すために始まりました。妊娠できる能力のことを、少しむずかしい専門用語で「妊孕性(にんようせい)」といいますが、この妊孕性を温存するのが、卵子凍結を行う目的です。
高度生殖補助医療といわれる体外受精では、精子と卵子を受精させてつくった受精卵(胚)を凍結する方法が開発され、広く普及するようになりましたが、受精卵になる前の卵子にも、この技術が応用されるようになったのです。
体外受精がどのように行われるかというと、女性の卵巣から成熟した卵子を取り出し(採卵)、男性の精子と合わせて受精させます。現在では、そのまま数日間培養した受精卵をいったん凍結しておき、子宮の準備がととのったところで融解し、子宮に戻します(胚移植)。
卵子凍結は、この体外受精の一連の流れの中で、採卵のところまでを先取りして行うものです。まだ受精していないということから、「未授精卵子凍結」といわれることもあります。
関連リンク→受精卵と胚の違いとは?胚のグレードって?
「医学的適応」の卵子凍結保存
日本産科婦人科学会は、2014年に「医学的適応による未受精卵子および卵巣組織の採取・凍結・保存に関する見解」を発表し、がんなどの治療によって卵巣機能が低下すると予想される場合の卵子凍結を認めています。
現在この「医学的適応」は、がんや白血病など、化学療法や放射線治療を予定している場合に限られています。
菅内閣の発足以来、不妊治療への保険適用の検討が急ピッチで進みました。その一環として、若いがん患者さんの卵子や精子の凍結保存への助成についても、2021年4月から公的な助成が始まりました(厚生労働省「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」)。
10代や20代で卵子を凍結しておけば、ある程度将来的に妊娠が見込めるという方たちを、国や行政がサポートするというのはとてもリーズナブルだと思います。がん治療の前の卵子凍結は、そのときに行わなくてはならない「緊急的な凍結」ですから、もし「今はお金がない」という理由であきらめるのであれば、それはとても残念なことです。
「社会的適応」の卵子凍結って?できるのは誰?
将来の卵巣機能の低下に影響する病気は、がんだけではありません。子宮内膜症や子宮筋腫、甲状腺機能障害などもあります。また、病気でなくても、加齢によって妊娠しにくくなることは、よく知られるようになってきました。
パートナーである男性側の事情で、卵子凍結を希望するケースもあります。たとえば事故で脊椎を損傷し、治療中ですぐには精子がとれないという場合。これも広くとれば医学的適応ですが、女性側の病気ではないので、厳密には医学的適応ではありません。
がん以外の理由での卵子凍結は、「社会的適応」とされていますが、日本産科婦人科学会は、社会的適応の卵子凍結は推奨しないという立場です。社会的適応での卵子凍結が浸透すると、女性が妊娠の機会を先送りして、高齢出産のリスクが増えてしまうなどがその理由として挙げられています。
2015年から2018年に浦安市と組んで、卵子凍結プロジェクトを行った際にも、キャリアアップのために妊娠の先送りを考えた方はいらっしゃいました。しかし、卵子凍結を誰がしていいかを決めるのはドクターではなく、あくまで、ご本人の意思によるのではないでしょうか。
さまざまな事情から、いますぐに妊娠はできないけれど、自分のライフプランとして、将来にそなえて卵子を凍結したい方はいます。妊孕性の温存という点では、みな同じです。これは先ほどの「緊急的な凍結」に対して、すべて「計画的な凍結」と考えればよいと思います。この病気ならOKだが、この病気ではないからやってはいけません、というのはおかしな話です。
当クリニックは2019年5月の開院ですが、2024年の1月現在までに200名以上が卵子凍結を行っており、融解して使用したした方が34名、めでたく妊娠された方が10名、出産まで至った方が7名いらっしゃいます。
東京都が卵子凍結の助成を行うそうで、多くの方々がその説明会にエントリーされているそうです。他の自治体でも同様なサポートが始まるかもしれません。
関連記事→東京都が助成を決定した「卵子凍結」。条件や申請をわかりやすく解説!
【卵子凍結のデメリット?】6個の卵子を凍結したときの生産率は20代で3割
どんな人にも、どんどん卵子凍結をおすすめするわけではありません。
卵子凍結にはかなりの費用がかかり、治療にともなうリスクもあります。そして、卵子を凍結保存したからといって、将来必ず子どもをもてるという保証はありません。
『ランセット』という海外の医学雑誌に掲載された論文ですが、超急速ガラス化法という、現在ほとんどの凍結に使われている方法で卵子を3〜6個凍結したときの生産率、つまり子どもを持てる確率は、25歳で3割、34歳で2割程度というデータがあります。
さらに、34歳なら卵子を20個くらい凍結すると、8割の人は最低ひとり出産できるということになり、もし9割の確率を求めるなら、30個以上は必要になります。ところが、40歳になると、卵子を30個集めたとしても、5割くらいしか妊娠しないという報告もあります。
日本生殖医学会のガイドラインでは「36歳未満」を推奨
生殖医療の専門家で構成される日本生殖医学会は、2018年に卵子凍結に関する新たなガイドライン*を出しました。
そこでは社会的適応という言葉は使われていませんが、「加齢等の要因により性腺機能の低下をきたす可能性がある場合には、未受精卵子あるいは卵巣組織を凍結保存することができ」、「採取時の年齢は36歳未満が望ましい」と明記されています。
35歳を超えると、自然妊娠の可能性は減り、体外受精を行っても妊娠率は下がる一方です。その大きな理由は卵子の質と量の低下だと考えられています。ですから、卵子を凍結する場合でも、できれば30代前半までに行うことをおすすめします。
浦安市の卵子凍結プロジェクトでも、税金を使う公的な支援ということもあり、対象は34歳未満とさせていただきました。
もちろん卵巣機能には個人差があり、35歳を過ぎたから一律に卵子凍結はできない、というわけではありませんが、卵子を凍結するなら、なるべく若いうちのほうがよいということは知っておきましょう。
*日本生殖医学会 倫理委員会報告「未受精卵子および卵巣組織の凍結・保存に関する指針」(2018年3月)
卵子凍結、いちばんのリスクは「卵巣過剰刺激症候群」
卵子の凍結は、体外受精のプロセスの一部なので、主なリスクは、体外受精の場合と同様に、卵巣過剰刺激症候群と採卵時のトラブルです。
●卵巣過剰刺激症候群
ふだんの月経周期で排卵される卵子は1個ですが、体外受精では1度の採卵でできるだけたくさんの卵子をとりたいので、排卵誘発剤(ホルモン剤)を投与して、複数の卵子を育てます。このときに卵巣が薬に過剰に反応してしまうと、卵巣が腫れておなかの張りや痛みが出たり、おなかや胸に水がたまる卵巣過剰刺激症候群を起こすことがあります。
しかし、この卵巣過剰刺激症候群は、経験のあるドクターであれば、予防や対処法が確立していて、最近では重症化することは少なくなっています。
●採卵時のトラブル
採卵は、専用の針を腟から卵巣内に挿入して、卵子の入っている卵胞液を吸引します。このときにあやまって卵巣やその周辺の臓器を傷つけて、大量出血するケースがあります。
医師は超音波を見ながら慎重に進めるので、めったに起こるものではありませんが、リスクがゼロというわけではありません。
●その他のリスク
排卵誘発剤がホルモン環境に影響して、将来卵巣がんや乳がんの発症に結びつくのではないかという議論があります。しかし、長期的な検証が必要で、現在ではまだわかっていません。
将来の体外受精といまの卵子凍結のリスクは同じ
アメリカでの報告ですが、40歳に近くなって、何度も体外受精を行うなら、30代半ばで卵子凍結をして、体外受精をするほうが、コスト的には安くなるという論文があります。保管費用と採卵のコストのバランスでの結果のようですが、医療費が異なるため日本にそのまま適応することはできないかもしれません。
しかしながら、日本でも妊娠出産の年齢は上がっていますが、35歳を超えると妊娠率は下がり、そこを超えて妊娠したいとなれば、どうしても体外受精が視野に入ってきます。
つまり、ライフプラン上、35歳を超えてからの妊娠の可能性があるなら、いま行うか、将来行うかの時期の違いだけで、リスクは変わりません。
若ければ1度の採卵で多くの卵がとれますが、高齢になるほど、1回の採卵ではすまないことも多く、卵子の質も落ちます。そのときに何度も採卵するリスクと、いまの採卵のリスクを天秤にかけて、ライフプランをじっくりと考えたうえで納得できた場合に、卵子凍結を行うべきだと思います。
卵子凍結の具体的な方法とスケジュール
卵子凍結を考えているなら、自分ひとりで考えるより、まずは卵子凍結を実施している施設を受診して、相談してみましょう。登録施設は学会のホームページなどで検索できます。
卵巣に残っている卵子の数を調べるAMH(アンチミュラー管ホルモン)検査がありますが、この値が極端に低い人は、卵子凍結より早期の妊娠を目ざしたほうがいい場合もあります。
専門家である医師なら、そうしたご本人の事情や希望、健康状態などを聞きとったうえで、適切なアドバイスができるでしょう。
そのうえで、いざ卵子凍結をすることになったら、一般的には以下の流れで進みます。
関連記事→気になるAMH値。検査の数値が低いと卵の質も悪い?
①卵巣刺激
月経周期3日目ごろに、超音波検査で卵胞の数を確認し、各ホルモン値やAMH値と合わせて、どんな方法で卵巣刺激(排卵誘発)を行うかを決定します。
1回の採卵でできるだけ多く卵をとりたいので、卵巣機能がある程度保たれている方には、高刺激と呼ばれる方法で卵巣刺激を行います。
高刺激法にはいくつかありますが、当クリニックでは、アンタゴニスト法を第一選択としています。反応がよければ1回で20個近く採卵できることもあります。
アンタゴニスト法は比較的新しい方法で、月経開始3日目ごろからhMG製剤の注射をスタートします。ある程度卵胞が育ってきたら、採卵前に自然に排卵してしまうのを防ぐために、GnRHアンタゴニスト製剤を注射する方法です。点鼻薬で排卵を抑えるアゴニスト法よりも、卵巣過剰刺激症候群のリスクが低い点がメリットです。
仕事をしているなど、毎日通院するのは負担が大きいので、排卵誘発剤を自分で注射するように指導するクリニックが多くなっています。卵胞の成長をチェックして、採卵の日程を決めるまでに、ふつうは3~4回の通院が必要です。
②採卵
通常は月経周期の14日目前後に行います。超音波プローブという器具に、採卵専用の針をセットして、モニターで確認しながら腟から卵巣に針を刺し、卵子が入っている卵胞液ごと吸い取ります。採卵するときには麻酔をすることが多いのですが、卵胞の数やクリニックの方針によっても違います。痛みの感じ方は人それぞれなので、希望があれば医師と相談を。
③凍結
回収された卵子は、すぐに培養室に運ばれて、超急速ガラス化法と呼ばれる方法で、マイナス196℃の液体窒素の中で凍結保存されます。この方法で凍結された卵子は、ダメージを受けにくく、半永久的に保存でき、融解後の生存率も90%以上になっています。
卵子凍結後~いざ妊娠を目ざすときは顕微授精が必要
凍結卵子を使って妊娠を目ざすときには、まず卵子を融解して、元の状態に回復させます。合わせてパートナーの精子を採取し、元気な精子を選んで顕微鏡下で卵子の中に送り込む顕微授精を行います。
当然ですが、顕微授精を行うことをパートナーが同意していることが必要です。なお、これまで体外受精や顕微授精は、法的に婚姻している夫婦のみが対象でしたが、2021年1月から、事実婚のカップルでも不妊治療の助成が認められることになりました。
顕微授精後、受精が成立したら、受精卵(胚)を培養し、適切なタイミングで胚を子宮に戻します(胚移植)。胚の着床が確認できれば妊娠確定となります。
いくら若いときの卵子であっても、高齢出産にはさまざまなリスクがあるので、2013年の生殖医学会のガイドライン*1では、45歳を超えての使用は推奨できないとされています。
*1 日本生殖医学会 倫理委員会報告「未受精卵子および卵巣組織の凍結・保存に関するガイドライン」(2013年11月)
妊娠の先送りには、受精卵を凍結する選択も
もし現在決まったパートナーがいて、それでも事情によって妊娠を先送りにしたいという場合には、卵子凍結ではなく、パートナーの精子と卵子を受精させ、受精卵(胚)を凍結しておく方法があります。卵子は若いといっても、それ自体の質を評価するのはむずかしく、それにくらべて、培養して胚盤胞という状態まで育った胚は、着床する可能性が高いと考えられます。
凍結卵子より凍結胚のほうが妊娠率が高い理由は、もうひとつあります。
それは男性側の問題です。若いときの卵子を使って体外受精をしようとするとき、相手も年をとっているので、加齢によって精子のDNAの損傷が起こりやすくなります。子宮の老化や高齢出産のリスクもありますが、自分の年齢が上がれば、相手の年齢も上がっています。余談ですが、女性の年齢が高くても、若い男性の精子で受精させると、受精卵の質が上がるという報告もあります。
卵子凍結をすればもう大丈夫と思ってしまう女性がほとんどですが、卵子凍結にはそうしたリスクがあることも、知っておいて損はありません。
取材・文/山岡京子
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